溶けたい ++
はらり、はらりと雪が落ちる。
暗い空では見上げても 舞い散る姿は闇に紛れて、それを捕らえることはできない。
なのにどうして 地面に消えゆく固まりだけは 哀しくなるほどはっきりと確認できてしまうのだろうか。
チチは空を見上げる。月も星も出ていない 真っ暗な空。
こんな山奥に人工的な灯りなんて存在するわけもなく 頼りになるのは己の目だけ。
それにも関わらず、雪が降っている事に気付けたのは 冷たい感触が頬に触れたからだった。
明るい場所で見る雪は、さぞかし美しいのであろう。少なくともチチにとって、
目の前の風景は美しいと称すには程遠い暗闇だった。
見えない雪。
数百メートルもの高さから落ちてきたそれは確実に存在しているのに、地面に足を付けたかと思うと、
呆気もなく消えてゆく。
空を見上げていたチチはいつの間にか地面を見据えていた。
溶けゆく雪を食い入るように見つめる。
雪が降るとどうして人は感情的になるのだろう。普段の強気な自分は影に隠れて、じわじわと溢れてくるのはしまいこんでいた不安のみ。
…きっと会える。 来年こそは、きっと。
そう想い続けてどれだけ経つだろうか。この強い想いは形も変えず、そのままの状態で存在しているのに
目の前の風景だけは走馬灯のように勢い良く変わってゆく。
このまま時間は過ぎていくのだろうか。この気持ちと、抱える自分だけをおいてけぼりにして。
―――…恋なんて、人生においてはちっぽけだ。おめぇには、大事にすべきことが他にもあるでねぇか―――。
落ち込む自分に幾度となく降ってきた父の言葉。
でもなおっとう、家庭を持つためには 恋は重大な役割を担うんだべ。
おらの生まれたこの家庭も、それなしでは生まれなかった。
はらり、はらりと落ちる雪。
夜空を美しく舞い散るけれども、その姿の最期しか チチの瞳は映さない。
こうやって気持ちも溶けて仕舞えばいいのに。
すっきりと、地面に吸い込まれてしまえばいいのに。
せめて忘れる術を教えてくれろ。
無理なら早く、会いに来て。
届かない想いを 白い息と共に吐き出した。
<fin>
●溶けたい。