自覚 ++




 「なぁ悟空さ、悟飯ちゃんにミルクさやってけれ。それくらいできねぇとな。」
そう悟空に言って台所へ向かおうとするチチ。
「え?ミルクって乳のことだよな?オラにも出せるのか?」
不思議そうに尋ねてみたが、それを聞いてチチは台所でずっこけた。
「ご、悟空さ…。悟空さにお乳が出せるわけねぇべ…。おめ男なんだから。」
そうあきれたように言い返される。
「でも、おめぇがやれって言うからよ。どうやってやるんだ?」
「粉ミルクをお湯に溶かしてこの哺乳瓶でやるだよ。美味しいし、栄養もたっぷりつまってるべ。」
自慢げに説明するチチ。へぇ。そんなんが売ってるんか。と関心する。
「でもなんでおめぇの乳やんねぇんだ?おめぇちゃんと出るんだろ?」
そう聞いてみると、チチの口からは ハァ…とため息が返ってきた。
「ムリ言わねぇでけれ…。悟飯はおめぇに似てすんごい食欲なんだべ。 おらのお乳だけじゃとてもじゃないけど足りないだよ。」
ま、元気がいいって証拠だからいいんだけどよ。と言葉を続けるチチだった。
「そっか。悟飯も腹いっぱいにメシ食うの好きなんだな!」
「でも正直 そんなとこ似なくてよかっただよ。」
悟空の隣ではチチがクスクス笑っている。
でも、オラはミルクなんて飲まねぇなぁ。なんて言うと、あたりめぇだ。と軽く つっこまれてしまった。
「とりあえず、ミルクさやってけれな。今から準備してくるから。」
そしてチチは再び台所へと向かった。


 悟空は部屋の隅にあるベビーベッドに目をやり、それに静かに近づいた。
グッスリ寝ていたと思っていたその赤ん坊は、自分が近くに来たことに気がついたように 目を空けてキョロキョロしている。
「すげぇなおめぇ。オラの気配がわかるんか?」
こんなに小さいのにたいしたもんだ。こいつは鍛えてやるとぜってぇ強くなるな。 なんてつぶやきながら人差し指でかるくほっぺをつついてみる。 ぷにっと押してやると少しくすぐったそうに首をかしげ、小さな瞳を自分に向ける。
この感触が面白くて何度かツンツンしてみると、泣きそうな顔をしだしたのであわてて手をひっこめた。
「…おめぇ、やっぱり小せぇよなぁ。」
赤ん坊が小さいとは知っていたが、これほどとは。
悟空にとって、手のひら二個分ほどの大きさの人間を見たのは 自分の息子である 悟飯が初めてだった。
…そりゃチチの腹ん中にいたんだから これくらいで当たり前だよなぁ…。
とりあえず ベビーベッドに横たわる悟飯に話しかけてみる。
「おい悟飯。オラがメシ食わせてやるんだって。」
話しかけてもあいかわらずその赤ん坊はキョロキョロしながら アーウーと 声を上げているだけだった。
「…何言いてぇのかさっぱりわかんねぇな。こいつ言葉わかんねぇのか?」
「悟空さっ!悟飯はまだ赤ん坊だべ?そう簡単に言葉がわかるわけねぇだろ。」
台所から戻ってきたチチに哺乳瓶を手渡される。
「ほれ、ミルクだべ。悟飯ちゃんに飲ませるだよ。」
哺乳瓶はほどよく温かかった。それを手に、再び悟飯に話しかける。
「悟飯。オラがこれ飲ませてやっからな。」
手に持った哺乳瓶を悟飯の口元に持っていこうとすると、

「悟空さってば。悟飯ちゃんにはオラって言っても通じねぇだよ?ちゃんと自分のこと、 おっとうって言わなきゃいけねぇだ。」
背後からチチに話しかけられて悟空は振り向いた。
「そ、そうなんか?」
「んだ。優しくだっこして、自分がおっとうなんだって覚えさせるだよ。」
ニコニコと微笑みながら説明するチチ。悟空は再びベッドの上に視線を戻した。
そうか。だっこしなきゃいけねぇのか。
手に持っていた哺乳瓶をベットの上におき、両手でおそるおそるその小さな体を持ち上げた。 チチがやっていたように自分の胸に密着させて抱いてみる。
初めて抱いたその体は、とてもやわらかく、なんて温かいのだろう。
「力入れすぎるでねぇぞ。悟飯ちゃんがつぶれるからな。」
「お、おう。」
改めてそう言われると、緊張してしまう。つぶさないように…。落とさないように…。
む、むずかしいなこりゃ…。
「悟空さ。ミルク、やってみるだよ。」
チチはそう言いながらベッドの上に置いた哺乳瓶を手にした。おう。と返事をしてまた、 悟飯に話しかけた。
「悟飯。と、とうちゃんだぞ。とうちゃんがミルク飲ませてやっからな。」
すると、さっきまで言葉にまったく反応しなかった悟飯が、自分の言葉に反応した。 腕の中でキャッキャッと明るい声を出して笑い始めたのだ。
突然のことでビックリしていると チチが悟飯の顔を覗き込んできた。
「フフ♪悟飯喜んでるだ。おめぇがおっとうだって、ちゃんとわかってるんだべ。」
悟飯ちゃんは、おっとうとおっかあが大好きだもんな♪とチチは悟飯をなでてやる。すると それにも反応して、笑顔でチチに視線を上げるのだ。


…こんなに小せぇのに オラとチチの事ちゃんと親ってわかってんだな…。


「っぷ。悟空さ にやけてるべ。」
「そうか?」
にやけているかどうかはわからないが、自然と笑みがこぼれてしまうことはわかった。
「悟飯ちゃんは笑うとさらに悟空さにそっくりだべ♪」
そう言われて改めて 笑顔の息子の顔を覗き込んでみる。
「そうだな。そっくりだっ。ハハッ。」


悟空は ようやく 理解したような気がした。
この子は 正真正銘 自分とチチの血を受け継いだ 息子なのだと。


「ほら、悟空さ。早く悟飯にミルクさあげるだよ。」
「おう。」







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